「何余所見してはるんです?」
『全然笑ってない……。』
にっこりと小首を傾げて見つめてくるが完全に貼り付けた笑顔。桂の顔も引き攣る。
三津はあえて正面の桂と幾松を見ないようにして乃美の相手に集中しようとしたが舞妓は二人いる。一人が宮部に付きもう一人は乃美に付く。
お酌の役を取られてしまい手持ち無沙汰だ。
『……私は何しに来たんやっけ?』
もうすでに蚊帳の外にされてしまった。https://william-l.cocolog-nifty.com/blog/2024/03/post-942129.html https://site-3489267-1419-4023.mystrikingly.com/blog/5607f558bfc https://www.minds.com/blog/view/89750475229797319
『折角サヤさんが励ましてくれたのにやっぱりアカンなぁ……。ホンマに吉田さんの言う通り……。』
桂の気持ちは分かってる。出逢いの後先なんて関係ない。
だけど傷付きたくない臆病者だ。
『せやけど……。どうやって自信持てばえぇんやろ……。』
自分が場違い過ぎて周りの音が聞こえなくなっていった。一人取り残された気分になりぼーっとし過ぎたせいか乃美が心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「大丈夫か?」
「ちょっと酔ってしまったみたいです。外の空気吸ってきますね。」
へらへら笑って立ち上がり,そそくさと部屋を出た。
抜け出す口実が出来てホッとしていた。
廊下に出て壁に寄りかかって大きく息を吐き出した。白粉の匂いに頭がくらくらする。
『帰って吉田さん達のお酌してる方がよっぽど楽しいやろうなぁ……。帰ったらアカンかな……。』
宮部と幾松に会う目的は果たされた。ならばもうここに居る必要はない。
「三津……。すまない。」
その声にはっとして顔を上げた。顔を顰めた桂がそっと頬を撫でてくれた。
「やっぱり私はお酒が苦手みたいです。」
誤魔化して笑ってみせると桂の表情がより苦しげに歪んだ。
「あの,顔も合わせたし帰ってもいいですか?」
へらへらしてないと平常心を保てない。まともに桂の目も見れない。
「帰してあげたいけど一人は危ないから駄目だ。」
「道ならちゃんと覚えてますよ?」
尚もおどけて見せるが桂は首を横に振った。
「そう言う問題じゃない。一人が危ないんだ。」
それは重々承知している。それでも一人で夜道を歩く怖さより,ここに居る息苦しさの方が苦痛だ。
「じゃあ一緒に帰ってくれます?」
出来るだけの偽った笑顔で小首を傾げて見せるが桂は渋い顔のまま何の反応も見せてくれなかった。
「ふふ,冗談です。困らせてごめんなさい。でも大丈夫ですから。」
だから帰らせてと言葉を紡ごうとした時,
「二人してこんな所に居はった。早く中戻りましょ?」
幾松が出て来て桂の腕を絡め取った。三津はそれを好機と思ってしまった。そして偽の笑みを浮かべたまま幾松の方を向いた。
「私出て来る前に吉田さん達にこの格好でお酌する約束したんです。ここは幾松さん達居てるし私は吉田さん達との約束果たしに帰りますね。
幾松さん今日は会えて嬉しかったです。じゃあ宮部さんにもよろしくお伝え下さい。」
そう言って桂の顔を見る事なく三津は階段を駆け下りた。
「三津っ!」
追い掛けようとしたが腕を絡め取られていたその体は引き戻された。
「お三津ちゃんは毎日傍におれるんやから今日ぐらい私の傍におって。」
「駄目だ!夜道を一人で歩かす訳には……!」
三津を追おうとする桂に幾松は抱き着いて必死に引き止めた。「お嬢さん一人で帰りはるん?夜道は危ないから止めとき?」
「すぐ近くなんで大丈夫です。」
女将と番頭が顔を見合わせ止めた方がいいと口を揃えるも三津は大丈夫の一点張りだった。
「ほんならこれお使い下さい。」
「ありがとうございます!有難く使わせていただきますね!」
提灯を渡してもらい三津は頭を下げて旅籠を出た。
『一緒に帰ろうかって言って欲しかったんやろな私……無理やのに。』